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同じ舞台に立つ理由

同じ舞台に立つ理由

同じ演技台に立つ理由は、今じゃない。
中学生、高校生、そして社会人。
本来なら、同じ団体として名前を連ねることはない世代が、
同じチームとして、同じ演技台に立つ。

その舞台が、フューチャースターズ2026だ。
そこに、ジュンスポーツ北海道が出場する。

中学生・高校生・社会人が、
ジュンスポーツ北海道として一つのチームを組み、公式戦に挑む。
さらにこの大会には、小学生もまた、ジュンスポーツ北海道として出場する。

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全日本シニアでは実現しない。
むしろ、実現してはいけない構成なのかもしれない。

それでも、あえてこの形で出場する理由がある。

「勝てるかどうか」ではなく、
「残せるかどうか」

フューチャースターズ2026は、
「今いちばん完成度の高い選手を集める場所」ではない。

年齢も、経験も、置かれた立場も違う選手たちが、
同じ空間で、同じ時間を共有する。

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社会人選手は、仕事と競技を両立しながら、
限られた練習時間の中で、自分の演技を磨いている。

高校生は、結果を求められながらも、まだ可能性の途中にいる。
中学生は、技術も、身体も、心も、これから大きく変わっていく存在だ。

そして小学生は、
競技人生の入口に立ち、
「公式戦で団体名を背負う」という最初の責任を経験する。

この出場において、
「今、誰が一番強いか」は主題ではない。

この時間を、誰が次につなげられるか。
それこそが、ジュンスポーツ北海道がこの大会に託している問いである。

上の世代は、技術より先に「背中」を残す

社会人選手や高校生が下の世代に示すのは、
技の入り方や着地の形だけではない。

  • 失敗したあと、どう立ち直るのか
    マニュアルでは伝えられない回復の仕方。
  • うまくいかない時期を、どう過ごすのか
    停滞の時間に、何を積み重ねるのか。
  • 競技を続ける意味を、どう見つけてきたのか
    辞めない理由を、どう育ててきたのか。

それらは、言葉で教えきれるものではない。

同じ団体名を背負い、
同じ演技台に立ち、
同じ空気を吸うからこそ、
自然と伝わっていくものだ。

言葉よりも、姿勢。
指導よりも、日常。

この出場は、
「教える場」ではなく、
「見せる場」でもある。

下の世代は、「未来」を預けられている

中学生にとって、
社会人や高校生と同じ団体で大会に出場する経験は、特別だ。

「まだ早い」「将来があるから」
そう言われてきた立場から、一歩、前に出る。

結果を出すことよりも先に、
「期待される側」として名前を呼ばれる。

その経験は、
数年後に訪れる壁を、
乗り越える力になる。

これは“抜擢”ではない。

信頼の先渡しだ。

そして小学生にとっては、
「団体名を背負って公式戦に立つ」という原体験が残る。

勝敗よりも先に、
競技に向き合う姿勢と、
チームの一員である自覚を刻む。

全日本シニアでは、できないから意味がある

全日本シニアは、完成度の舞台だ。

そこに立つこと自体が、
選手の現在地を示す。

だからこそ、
世代混成の団体は存在しない。

正しい。

でも、
正しいだけでは、育たないものもある。

フューチャースターズ2026は、
その「正しさの外側」にある。

今は未完成でもいい。

今は揃っていなくてもいい。

未来に続く関係性を、
公式戦という本番の中で育てる。

それができるのは、
この舞台だけだ。

ジュンスポーツ北海道が、この出場に託すもの

ジュンスポーツ北海道は、
勝つことを否定しない。

だが、
勝つことだけを目的にはしない。

競技を通して、
人が育ち、
関係が育ち、
文化が育つこと。

中学生も、
高校生も、
社会人も、
そして小学生も。

同じ団体として名前を呼ばれ、
それぞれの段階で、
同じ責任を背負う。

今、勝つためだけの出場ではない。

未来で勝ち続けるための出場だ。

これは「今」の物語ではない

この出場は、
結果だけで評価されるべきものではない。

この舞台を経験した選手たちが、
数年後、
どんな演技をし、
どんな立場で競技に向き合っているか。

その答えは、
今日の演技台の先にある。

同じ演技台に立つ理由は、今じゃない。

ジュンスポーツ北海道がフューチャースターズ2026に託しているのは、
まだ見ぬ未来、
そのものだからだ。